Epoh.Lifeブログ
セルフモニタリング4 ~社会の中で生きる

「自分を自分が採用するだろうか?」
この自問自答は、
うつが治っていないのに、「もう治った」と思い込もうとしていた私
自分が見ることを避けていた、弱い自分を直視することに繋がりました。
これもセルフモニタリングの1つだと感じています。
1.他者視点による自分の客観視
2.弱い自分、見たくない自分と向き合う障害の受容
自分でたどり着いた大切な気付きでした。
でも、私のうつの寛解にはもう1つ、自分についての気づきが足りませんでした。
前回のエピソードには続きがあります。
「ようやく気付いたのか」
耳を傾けてくれた部長に対して私は話しました。
「自分は強くなりたかった」
「70キロのおもりが落ちてきて、自分はうつになってつぶれた」
「50キロだったら支えられたのに」
「なのに、学ぶのは対処、対処、対処」
「うつになった皆さんは頑張ったんだから5割、6割で生きましょう」
「そんなもの、糞くらえだ」
「自分は心の体力をつけたかった」
「51、55 徐々に上げていって70キロをいつか支えられるようになりたかった」
静かに聞いてくれていた部長は言いました。
「お前は70キロを持てるようにはならないよ」
「お前はアスリートじゃないだろ」
「人が持てる限界って決まっているんだよ」
「でもな、会社をやっていれば、必ず100キロは落ちてくる」
「その時お前は、それを絶対に落としちゃいけないんだ!」
「で、100キロが落ちてきて、お前はどうするんだ?」
「… … …」
「みんなに支えてもらえばいいじゃないか」
「あぁ…」
「でもな、人の忠告を聞き入れない」
「人に対する感謝もない」
「そんな俺様を誰が支えたいと思うんだ?」
「出直してこい」
「感謝がない」も「俺様」も、何年も前から言われ続けていました。
言われていることは、頭ではわかっているつもりでした。
でも、やっぱり
「俺様ってなんだ?」
「感謝ってなんだ?」
よくわからずじまいでした。
リワークで他の方に尋ねていたのも覚えています。
「認知行動療法でやったっけ?」
そんなことまで大真面目で考えていました。
今でも、私にとってのテーマです。
当時から10年以上経過して、今現在私がたどり着いているものについて整理してみます。
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セルフモニタリング
リカバリーにとって本当に大切な取り組みです。
今でも、そう思います。
ですが、「自分 自分 自分」
自分を掘り下げていけばいくほど、何かが抜け落ちていっていました。
リワークの卒業レポートは、セルフモニタリング・セルフコントロールについて書き連ねています。
今読んでも、セルフモニタリングの章はよくできています。
でもセルフコントロールの章には、支えてくれた方たちへの感謝の気持ちや気遣いが圧倒的に欠けていました。
だから孤立して、孤独感に陥り、うつが再燃した。
そのことに、当時気づきませんでした。
当時は、他者視点を持つことや障害受容については自分でたどり着いていました。
ですが、人への感謝や気遣いについては、自分ではたどり着けませんでした。
私にとって寛解に向けての最後の気付きは、
人への感謝の気持ちを欠いていたことでした。
人は一人で生きてはいません。
うつが治ったとして、自分が戻っていく先が社会である以上、
親、友人、主治医、そして自分が抜けた穴を埋めてくれた会社のスタッフ…
いろいろな方から助けられて今の自分があります。
私は、そうした方々への感謝の気持ちなくして、
社会の一員として戻ることは難しかったと今思います。
そして、自分がどう生きていきたいか。
この問いは、セルフモニタリングの先にある、セルフコントロールへ繋がっていきます。
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